有名進学校の授業というと、大学受験のための勉強に特化しているというイメージを持っている人もいるでしょう。ですが、名門校に関する著書も多い教育ジャーナリスト・おおたとしまささんによると、「名門校ほどユニークな授業をおこなっている」のだそう。自身も名門・麻布の出身で、なおかつ、これまで数多くの進学校の教育現場を見てきたなかで、特に印象に残っているユニークな授業を教えてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/榎本壮三

灘の天才児たちが放つ「学びの躍動感」

まずは、関西の雄・灘ですね。灘といえば、数学力の高さで知られる学校です。わたしが見学したのは、土曜日に開講される特別講座「土曜講座」。その日は、中学2年から高校2年までの生徒を対象にした「オリガミクス入門 作図可能性を巡って」という講座がおこなわれていました

その講座内容は、折り紙を使って幾何の問題を解くというもの。この日のメインは、ギリシャ3大作図不可能問題のひとつでもある「角の三等分問題」でした。与えられた任意の角を三等分するという問題です。「作図不可能」の言葉どおり、これは定規とコンパスのみを用いたのでは一般的には不可能なもの。でも、不思議なことに折り紙を使えばできてしまうのです。

生徒たちは3人ほどのグループにわかれてこの問題に挑戦します。その様子がおもしろいんですよ。ひとりが紙を折っていて、もうひとりは計算をしている。そしてもうひとりがふたりに助言しながら、和気あいあいと議論をする。普通は幼い子どもの遊びという側面が強い折り紙を、天才児たちが異様に高度なレベルでおこなっているんです。じつにシュールな光景でしたね(笑)。

そして、本題はここからです。折り紙を使って与えられた角を三等分することは、講座で配られるテキストの説明どおりにやればできます。大切なのは、「なぜそれで三等分できていると言えるのか」を証明すること

開始から1時間後、先生による証明、解説がはじまりました。先生が格好いいんですよね。証明の時間はわずか30秒。「~であるから、この角とこの角は等しい。終わり」。その瞬間、生徒たちから「おーっ!」とどよめきが起こる。先生の無駄がなく鮮やかな証明に天才児たちが感動するわけです。灘の生徒たちは、ただ大学受験のための勉強が得意なわけではありません。それこそ、「学びの躍動感」とも呼ぶべきものを感じさせられました。

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人間力を紡いでいく豊島岡女子学園の「運針」

灘のオリガミクス入門は、グループで和気あいあいと議論しながら進めるアクティブ・ラーニングが印象に残りました。それと対照的だったのが、東京の豊島岡女子学園で朝のホームルームの時間におこなわれる「運針」というもの。なにをするかというと、生徒一人ひとりが1メートルくらいの真っ白な布に、裁縫針で真っ赤な糸を真っすぐに縫い付けていくのです。

布の端から端まで縫い終わったら、すーっと糸を抜いてまたはじめから縫いはじめる。5分間、それをひたすら繰り返します。誰ひとり、口を開く者はいません。姿勢を正して椅子を動かすこともない。東京・池袋という繁華街にありながら、完全な静寂に包まれた、本当に「禅」の時間のようでした。

運針は、豊島岡女子学園が裁縫学校からはじまった歴史を生かしておこなわれているもの。いったいどんな意味があるのかというと、ひとつは「進歩の象徴」です。最初はやっぱり誰もが下手なんですよ。それでも、毎日おこなううちに少しずつうまくなる。昨日よりも1ミリでも長く縫えるようにと努力を重ね、自分の進歩を感じられるようになるのです。勉強も同じですよね。進歩を感じられれば、勉強へのモチベーションはより高まります。

また、先生が生徒の心身の状態を見るという意味もある。集中できていない様子だったり、縫い目がばらついていたりすれば、「なにかあったのかな?」と先生は感じる。運針している姿を見れば、生徒の心身の状態は一目瞭然なのだそうです

また、それは生徒自身にとっても言えること。どんなときも自分と正面から向き合う、健気な自己確認とでも言いましょうか。そうして自分を見つめることは、心を落ち着かせることにもなる。大学受験会場で周囲の誰もが参考書をチェックしているときに、豊島岡女子学園の生徒のなかには運針をする子もいるそうですよ。

豊島岡女子学園は、卒業生も含めれば2018年には東大21人、慶応大99人、早稲田大90人の合格者を出した進学校です。でも、ただ単に学力を上げるための教育をしているわけではないのです。人間の繊細さ、人間に対するいとおしさ、そういうものに気づかされる教育プログラムだなと感じました

このように、進学校としてのレベルが高ければ高いほど、「受験勉強だけでは駄目だ」というメッセージを伝えているように思います。勉強ができたうえで、どれだけ人間的に成長できるかということも重視している。もちろん、成長というのは、大学受験で結果を出すということではありません。20年、30年経って、「あの授業にはこんな意味があったのか」とその価値にようやく気づくことができるような人間教育をしているのです。そんなロングビジョンを持っている学校こそが、何十年という単位で教育文化を発展させ、揺るぎない価値として成熟させていく。学校って、そういうものなのだと思います。

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おおたとしまさ

新潮社(2018)

【プロフィール】
おおたとしまさ
1973年10月14日生まれ、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学校・高等学校卒業、東京外国外大学英米語学科中退、上智大学外国語学部英語学科卒業。株式会社リクルートを経て独立し、数々の育児誌、教育誌の編集に関わる。心理カウンセラーの資格、中学高校の教員免許を持っており、私立小学校での教員経験もある。『開成・灘・麻布・東大寺・武蔵は転ばせて伸ばす』(祥伝社)、『地方公立名門校』(朝日新聞出版)など著書は50冊を超える。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。