東京に隣接し、ライバルとしてなにかと比較されることが多い埼玉と千葉。過去5年間の東大合格者数の平均は、埼玉が約101人、千葉が約134人とそれほど大きな差はありません。しかし、18歳人口1,000人あたりの人数で見ると、埼玉の1.761人に対して千葉は2.700人と大きくリードしています

東大を狙うなら千葉に住むべき!? 東大合格者を多数輩出する名門校に関する著書も多い、教育ジャーナリスト・おおたとしまささんにお話を聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/榎本壮三

渋谷教育学園幕張の台頭で埼玉を引き離した千葉

近年、東大合格実績で千葉が埼玉を引き離すようになったのは、「渋幕」と呼ばれる渋谷教育学園幕張の台頭によるものでしょう。直近5年間の平均を見ると、渋幕だけで毎年60人も東大合格者を出していますからね。

渋幕が設立されたのは1983年。まだ新しい学校です。これだけ短期間に進学実績を大きく伸ばせた理由としては、まず立地が良かったということが考えらます。東京に新しく学校をつくると言っても、まわりは競合だらけ。でも、幕張は競合が少ない。そのエリアで中学から進学校に通うとしたら、渋幕一択になったというわけです。しかも、東京も通学圏内ですから、進学実績を上げるにつれ東京の優秀な生徒も数多く入学するようになりました

また、立地の良さに加えて、独自の教育システムが奏功しました。その教育システムの特徴は、ひとことで言えば合理主義。いまでこそだいぶ一般的になりつつありますが、「シラバス」という授業計画書を採用した学校の先駆けが渋幕でした。ただ漫然と授業をするのではなく、シラバスによって「この授業にはこういう意味があるんだよ」というようなことを事前に生徒に示してあげる。学習の全体像を捉えて授業を受けることで、学習効果が飛躍的に伸びるのです。

さらには、教員に対する評価を生徒がおこなうことも渋幕が先駆けです。その評価によって、教員同士がより良い授業にしようと研鑽し、それをしっかりフィードバックする。このようにして、受験で結果を出せる中身の濃い教育をしているのです。ただ、渋幕の教育の特徴はそれだけではありません。

渋幕の校長は田村哲夫先生という方。いわゆる、名物校長です。先生は、僕の母校でもあり「自由を学ぶ学校」と呼ばれる麻布の出身。先生自身、麻布を愛されていて、おそらく麻布のような学校をつくりたかったんじゃないでしょうか。渋幕も麻布と同じように生徒の主体性を重んじる学校なのです。難関大学受験をにらんだ濃い授業と、自由度の高さ。そのバランスが良かったのでしょうね。いまや、さまざまな学校のモデルにされるまでに成長しました。

看護学部を卒業後、医学部受験に挑戦。卒業後わずか1年で合格を勝ち取った「教科書レベル」からの挑戦
人気記事

個性豊かな公立伝統校が進学実績を牽引する埼玉

一方、埼玉では、かつてと比べると少し落ちてきましたが、公立校の浦和が東大合格実績ではトップ。ここは、私立高が幅を利かせるようになった首都圏のなかで、戦前の旧制中学の匂いをもっとも色濃く残している伝統校です。特徴はなんと言っても男子校だということ。全県の中学から秀才たちが集まるのですが、雰囲気はすごく男くさい(笑)。

部活も盛んです。ラグビー部は2013年度に全国大会出場を果たしました。先生たちは「部活なんてやっている場合か、勉強しろ」なんて言いません。それどころか、補習をするにも部活が終わるまで待っていてくれる。部活の後に補習をするわけです。そうすると、帰宅後には生徒はくたくたで勉強などできません。ではどうするかというと、朝にやるのです。先生は朝6時ころには学校の門を開ける。そして、多くの生徒が早朝に学校に行き、勉強をする。学校自体が合宿所のような雰囲気ですね。

授業としてはなにかとっぴなことをやっているわけではありません。もともと優秀な生徒が集まっていますし、長年にわたってノウハウを蓄積している学校ですから、オーソドックスなことをしっかりやらせるのが浦和のスタイルと言えるでしょう

そういう学校ごとのスタイル、個性が確立されているのが埼玉の特徴でもあります。全国的に共学化が進むなか、男子校である浦和のほかにも女子校の浦和第一女子など、名門校と呼ばれる公立の男子校、女子校がいまも残っており、しっかり進学実績を残しているのが埼玉。埼玉は、他県に比べて多くの裁量を学校に与え、自由を許しているのです。逆に言えば、東京や神奈川、それから千葉は、首都圏では教育委員会が割と強い力を持っています。

「子どもに東大を狙わせるならどこに住むべきか」と考えた場合、私立校に進むのであれば、千葉か埼玉かに限らず、場所はあまり関係ありません。でも、公立中学から公立高校に進む場合、「教育委員会があまり余計なことをしない」ところを選ぶほうが賢明です。見分けるポイントは「高校入試制度をどれだけの頻度で変えているか」というところ。

たとえば、神奈川はすごく頻繁に高校入試制度を変えることで知られます。その変更に、教員も生徒も振り回されて学校現場は疲弊してしまう。僕個人としては、基本的に入試制度はあまり変えるべきではないと考えます。そうすれば、その決まった制度のなかでそれぞれの学校が工夫して一貫した教育をおこなうようになり、学校の個性が生まれるからです。

学校というものは、ひとつの有機体として文化として発展しなければならないというのが僕の考えです。あまりにそれぞれの個性が強くなると、「教育の平等」に関する問題も出てくるでしょう。それでも、個性豊かな学校がいくつもあるほうが、トータルとして学びの多様性が増し、全体のレベルアップにもつながるのではないでしょうか。

【おおたとしまささん ほかのインタビュー記事はこちら】
なぜ奈良県は「東大京大合格率」で全国ナンバーワンを誇るのか? 秀才が奈良に集まる納得の理由。
天才児を抱える名門校「灘」は、なぜ “折り紙” で数学を教えるのか?

受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実

おおたとしまさ

新潮社(2018)

【プロフィール】
おおたとしまさ
1973年10月14日生まれ、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学校・高等学校卒業、東京外国外大学英米語学科中退、上智大学外国語学部英語学科卒業。株式会社リクルートを経て独立し、数々の育児誌、教育誌の編集に関わる。心理カウンセラーの資格、中学高校の教員免許を持っており、私立小学校での教員経験もある。『開成・灘・麻布・東大寺・武蔵は転ばせて伸ばす』(祥伝社)、『地方公立名門校』(朝日新聞出版)など著書は50冊を超える。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。